「ジミヘン・ジャニス・ビートルズ」 |
(2001/8/12 掲載) |
引き続き、H.Sの場合 |
渋谷陽一編の雑誌「SIGHT」で、1970年、ジミヘンとジャニスが死んだ年という特集を組んでいた。ポール・サイモンのインタビューから始まり、70年当時のジミヘンとジャニスの追悼レポート、そして、前年のジョンレノンのインタビューが掲載されていた。
1970年はポピュラー音楽界においては大きな転換点であったに違いない。もちろん、それは歴史的認識を現在から過去に対して行っているわけだから、当時のインタビュー記事はそれを意識したものではない。実際、ジョンは自分自身、「2ヶ月ぐらい前からみんなが聞き始めるまで、60年代っていう観点から考えたこともなかったんだぜ。今でもそういう観点からは何も考えていないしさ。」と答えている。まあ、「20世紀から21世紀になる」と騒いでいたけど、だからどうしたと言う感じと同じなのかもしれない。ミスチル風に言えば「そもそもキリスト教に僕は何の信仰もない」といったところか…。
しかし、やはり歴史というものは不思議なもので、全く関係の無いこと(ヨーロッパ的な因果律では説明できないような)と思われていることが一体となって捉えられることがあるものだ。東洋的な考えでいう「布置」というやつだ。ユングなんかも言っているが「コンステレーション」といって、ぼんやりと全体を見ていると、そこに意味が見えてくることがある。まあ、これを解釈などと言う言葉で説明してしまうと薄っぺらなものになってしまうのだが、確かに一つの流れが見えてくる。その意味で、1970年と言う年は大きな年であることに違いがない。
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ちょっと横道にそれてしまったが、そのインタビューの記事の中で、ビル・グラハムがジャニスやジミヘンを評している部分が在る。
- 「あるスタイルを作り出した人、自分を確立した人を誰かと比較したりできないよ。ヘンドリックスはギターのイノベーターでジャニスはあるスタイルのイノベーターだった…ヘンドリックスの演奏を試みた人はほとんどいないよね。だって無理なことだから。ジャニスもまあ、そういうもんだったんだ。偉大な、創造的でオリジナルな才能というのは、ほとんど真似ることが不可能という点があってこそ言えるんだ」
確かに、ジミヘンやジャニスのコピーをあまり聞いたことがない。それに対して、ビートルズのコピーバンドの数は天文学的数字になるのではないか(言い過ぎかな)つまりは、ビートルズは「偉大な、創造的でオリジナルな才能」を持ったグループではないということか?ううむ。どうも難しい。もちろん、活動期間や発表された楽曲数の違いもあるし、単純には比較できないのだが…。
ジャニスのビデオがあったので、借りてきた。レコードでは聞いていたが、映像と共にそのパフォーマンスを見ると、恐ろしく衝撃的だった。ジャニスとジミヘンは67年のモンタレーポップフェスティバルでアルバムも出していなかったにも関わらず、大絶賛をされたわけだが、やはり、そのパフォーマンスは音だけではない(もちろん音だけでもだが)表現力がそこにある。それはまさにジミヘンやジャニスだからこそ表現しうる「パフォーマンス」なのだ。だから、例え、まったく同じように演奏しても、それは決してジャニスにはなれないし、ジミヘンではたり得ないのである。まあ、とにかく、ジャニスにしてもジミヘンにしても唯一無二の存在なのだと痛感させられる。そして、その分、彼らを聞くには相当のパワーが必要だし、あるいは痛みさえも感じてしまう。彼らは本当に素晴らしい表現力を持っていると同時に、あまりにも繊細なのである。
こう考えて行くと、この二人に共通するのが、ジョンレノンなのかもしれない。特に彼がソロになってからの楽曲は、まさに、彼にしか表現できないものであったし、それを聞くと、やはり、時に痛みを感じる。3人とも悲劇的な最後を遂げているためなのかもしれないが、表現者からの真っ直ぐな刃が突き刺さってくるような感覚がある。財津和夫が言っていたが「ジョンの曲は歌えない。何故なら、ジョンの曲をジョン以外の人が歌ったら聞いている方が納得しないから」と。
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それでは、ビートルズは何故、誰もが演奏したがるのか?「技術的に簡単だから」?そうとは言えないのではないか。確かに、どんなに完璧に演奏したとしてもビートルズではない。しかし、誰が演奏したものでもビートルズの曲を聞くとわくわくしてしまう。いったい何なんだろうか?まさに、マジックにかかっているようである。
一つの答えとして考えられることは、ビートルズはパフォーマーとしての道を歩まなかったということだ。彼らはやはり、「音」にこだわった。ライブとしての音ではなく、楽曲としてのクオリティーにこだわった。だからこそ、仮にそれが、ビートルズを離れて一人歩きしても、その素晴らしさは一歩も揺らぐことが無かったのだ。
そう、ビートルズの曲は、多くのミュージシャンにカバーされている。それが、メタルであろうとジャズであろうとはたまたクラシックであろうとその素晴らしさが低くなることはないのである。それがビートルズの音楽の素晴らしさなのだと思う。そして、その素晴らしさを産み出したのが「レノン・マッカートニー」というコンビである。内側から湧き上がるエッセンスを万人が理解することができる形として表現すると言う恐らくは最も難しいことを彼らは200曲以上の楽曲という形でいとも簡単に(ポールは最近のインタビューで「僕とジョンで曲を書くのに行き詰まったのは1曲だけだ」と言っている。ちなみに、それはDrive My Car だそうだ)行って見せたのである。
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まあ、これだけの人たちを比較するということの無意味さは十分分かっているつもりだし、ジミヘンやジャニスは本当に凄いのだが、彼らも含めて、「60年代」?(やはり言ってしまうが)はとんでもない時代だったということを改めて感じてしまった。
でも、サージェント・ペパーが出た2日後にジミヘンがライブでしかもオープニングでそのサージェント・ペパーをやったということ。そして、それをポールが見に行っていて、凄く嬉しかったという事実。
ジミヘンもビートルズを意識していて、ビートルズもジミヘンが好きだったという、そんなことが実際にあったということだけで、身震いしてしまいます。
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